2008年12月21日

横浜にて。

横浜美術館で「セザンヌ主義」の展示を観た。
20世紀以降の画家にとってセザンヌは特別な存在だという趣旨の展示だったと思うが、私にとってもセザンヌは特別な存在だ。
色々と思うことはあるが、私は研究者では無いので、根拠はない。
99%の仮説で絵画史上の人物や作品と対話しているようなものだ。
その中でもセザンヌとの付き合いは長い。
たとえば1本の樹を目の前にして、その葉や枝の混沌と大きな秩序にふれていると、彼に近づいているような気がするのだ。
今そこにあって、次の瞬間消えてしまいそうな現実と、その存在を永遠のものにする観念を背負ったような絵画だと思っている。
彼の絵を模写、模倣することで、セザンヌを理解するのは不可能だ。
彼はとてもぎりぎりのところにしかいない。

何度もいうけれど、あくまで個人的な意見です。
私は思い込みがつよいのです。


それにしても横浜はデートのためにつくられたような街だな。
一人で行くと、少しつかれる。
今日は鮮やかな夕日に助けられました。


posted by azusa at 00:12| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
思い込み、を、私たちは、主義と言ったり、あるいは芸術と言ったりと、
名付けるんじゃないかと。
そういう名付けの集積が、文明、なんじゃないかと。

昨日仕事で横浜にいたんだけど、ただでさえ浮かれた街なのに、クリスマスイヴだからって24倍増しで浮かれやがって、24ミリの近さでいちゃつきやがって、


ねぇ‥


彼らすぐに壊れてしまうだろう脆弱な関係と、それを永遠のものにしようとする熱心な決意と、とてもぎりぎりのところにいたよ。
Posted by きみさん at 2008年12月25日 12:25
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